(1)今日に伝わる日本武尊
日本武尊は、『日本書紀』が成立した8世紀にとどまらず、その後も古代の英雄としてのイメージが保たれました。全国を平定するも、最期にふるさとを思い帰郷の途次で力尽きて亡くなる様は、人々に強く印象づいたのかもしれません。
江戸時代以後の資料では、日本武尊の代表的なシーンを語る、描くとなると、焼津で謀略にあい、剣で草を薙ぎ払って難を逃れるシーンが多く選ばれるようになります。日本武尊のイメージは、草薙剣と一体化しているのではないかと思われます。
また、日本武尊の妃である弟橘媛も、イメージ化されています。東国での戦いに向かう際、馳水で入水し、自らの命をかけて日本武尊を助けました。無償の愛を捧げた女性と考えられているようです。こうした両者のイメージは、現在も引き継がれているのではないでしょうか。
60 神道野中の清水 巻之三
享保18年(1733) 伊藤家
伴部安崇による、神道の解説書。神国に生まれた者が読むべき『日本書紀』を幼学のレベルでも読めるようにしたと記します。本書には、日本武尊、弟橘媛命といった項目が設けられています。日本武尊は、最期に白鳥となって飛び立ち遺骸が残らなかったことを「上代の神聖、例ある事」とし、弟橘媛は、馳水での入水によって命をかけて日本武尊の戦いを助けたことを「忠心純粋ありがたき媛君」と評します。
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61 玉鉾百首解 下巻
寛政11年(1799) 伊藤家
本居宣長が古道について詠んだ百首の歌集『玉鉾百首』に対する、本居大平の注釈書。
宣長は、「ひむかしの国 ことむけて みつるぎは あつ田の宮に しつまりいます(東の国 言向けて 御剣は 熱田宮に 鎮まりいます)」との歌を詠んでいます。大平は、御剣とは草薙剣のことで、倭建命が東国を平治する際、神威によって助けたものであると解説します。
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62 中臣大祓図会 巻之下
嘉永5年(1852) 伊藤家
神道で重視される「中臣祓」の祝詞に対する注釈書。「彼方屋繁木加本於焼鎌乃敏鎌於以打払事乃如久」の注釈として、日本武尊が焼津において、謀略から逃れるため剣で草を薙ぎ払った場面を引用します。さらに、わかりやすくその場面を描いた図を添えています。
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63 社日祭悪神除万民守護之尊像
江戸時代後期 亀山市歴史博物館
三十柱の神名と二十柱の尊像の摺写。春分・秋分に最も近い戊の日に執行される、土地神に対する祭礼で用いられる尊像図とみられます。日本武尊もその一柱として、中央に配されています。「火防悪魔除之守護神」とされ、剣を抜いた姿で描かれています。
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64 尋常小学国史 上巻
昭和13年(1938) 亀山市歴史博物館
尋常小学校で使用された国史の教科書。人物によって歴史を学ぶ形式をとっており、上巻は、天照大神から後奈良天皇までの項目があり、三項目目が日本武尊です。日本武尊の一生を紹介し、皇子でありながらも全国平定を行い若くして亡くなったこと、平定により全国がおだやかになったことをまとめとします。挿絵には、焼津での剣で草を薙ぎ払う場面を用いています。
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65 尋常小学国語読本 巻九
昭和5年(1930) 亀山市歴史博物館
尋常小学校で使用された国語の教科書。弟橘媛の項目は、『古事記』にしたがってまとめられています。挿絵は、走水海での入水の場面です。
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66 渡部審也 国史絵画「日本武尊」
昭和時代前期 神宮徴古館
昭和8年(1933)の皇太子殿下(現上皇陛下)誕生を記念し、建設予定であった養正館(東京都港区南麻布・有栖川宮記念公園)に国史絵画展示が計画されました。55人の当代一流の画家に依頼して作成され、昭和17年に完成したものが、全78点の国史絵画です。
渡部審也による「日本武尊」は、焼津において剣で草を薙ぎ払って戦う場面を描いています。本図の日本武尊は、倭姫命から授けられた剣を抜き、腰に火打石の入った嚢を下げています。凜々しい顔立ちや頑健な肉体を持つ、勇猛果敢な男性として描かれています。
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67 伊東深水 国史絵画「弟橘媛」
昭和時代前期 神宮徴古館
同じく国史絵画として作成された1点。伊東深水による「弟橘媛」は、相模国から上総国へ海を渡る際、暴風によって荒れた海を鎮めるため入水した場面を描いています。白く泡だつ荒波の中へ、静かな面持ちで祈りながら飛び込んでゆく女性の姿は、日本武尊への無償の愛を感じさせます。
また、平成10年(1998)に国際児童図書評議会第26回世界大会において皇后陛下(現上皇后陛下)が基調講演を行われました。その際、子供時代の読書の思い出として、弟橘媛の物語に強い衝撃を受け、愛と犠牲という二つのものが一つのものとして感じられた不思議な体験であったと述べられています。まさに、本図に描かれた場面のことではないでしょうか。
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68 日本通貨変遷図鑑
昭和32年(1957) 亀山市歴史博物館
右ページ下段にある千円券には、表に日本武尊と建部大社本殿(滋賀県大津市)を描いています。昭和20年(1945)8月17日に発行され、当時最高額の紙幣でした。
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69 特殊切手 古事記編纂1300年
平成24年(2012) 個人
平成24年に古事記編纂1300年を迎えることを記念して発行された特殊切手。右列の1・3・5段目が、倭建命を描いています。デザインは、堂本印象による「火退」(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)を元にしています。
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