1時間でめぐる歴史旅行

亀山西小学校 4年生 出前授業「よりよい地域をつくった人~鈴鹿川・椋川と生田理左衛門~」

亀山西小学校 4年生 出前授業「よりよい地域をつくった人~鈴鹿川・椋川と生田理左衛門~」

 令和7年11月20日(木)、亀山市立亀山西小学校4年生へ出張授業に行きました。4年生は、社会科で「郷土の伝統・文化と先人たち」の学習をしています。そこで「よりよい地域をつくった人びと」の学習として、備中国松山(今の岡山県高梁市)から亀山に移り住んだ大名石川家の家来だった生田理左衛門の一生を追いながら、江戸時代に理左衛門が行った鈴鹿川・椋川の河川改修について、途中でクイズを交えながら話をしました。

鈴鹿川・椋川の河川改修と生田理左衛門についてのお話をします
河川改修とは・・・
生田理左衛門は24才の時、お隣の備前国へ河川改修の勉強に行きます
グネグネと曲がっている川では、大雨が降ると災害がおきやすくなります
江戸時代の人のお手紙の中に、台風で関や亀山の河川が氾濫して大きな被害が出たことが記されています
生田理左衛門が行った河川改修の方法はどちらでしょうか?
答えはBの「川をまっすぐにする」です
生田理左衛門のことは、子孫の柴田厚二郎が書き残したこの資料だけしか、今は見つかっていません
生田理左衛門が亀山にやって来る20年ほど前には、竜川の河川改修も行われています
生田理左衛門が行った場所は、ここです
生田理左衛門の河川改修をした場所を航空写真で見ると・・・
73才で亡くなった生田理左衛門のお墓は、今も亀山市内にあります

〒519-0151 三重県亀山市若山町7-30
電話:0595-83-3000/Fax:0595-83-3334
[休館日] 毎火曜日(祝日に当たるときは翌水曜日)・臨時休館日・年末年始

ページトップへもどる