城代(じょうだい)三宅康貞(みやけやすさだ)
康貞(やすさだ)は、挙母(ころも)二万石(にまんごく)の領主(りょうしゅ)として、いまの愛知県(あいちけん)豊田市(とよたし)元城町(もとしろまち)付近(ふきん)の陣屋(じんや)に住(す)んでいたよ。慶長(けいちょう)3年(ねん)から4年(ねん)(1598年(ねん)―1599年(ねん))には、挙母(ころも)領主(りょうしゅ)をしながら亀山城(かめやまじょう)の管理者(かんりしゃ)(城代(じょうだい))にもなっていたんだ。(「九々五集(くくごしゅう)」巻第一 23頁)