井戸(いど)
水道(すいどう)がない時代(じだい)、城(しろ)には水(みず)をえるために必(かなら)ず井戸(いど)がありました。二之丸御殿(にのまるごてん)のあとでは4カ所(かしょ)の井戸(いど)のあとがみつかっています。また、東三之丸(ひがしさんのまる)でみつかった井戸(いど)は深(ふか)さが7mもありました。
与助井戸(よすけいど)
多門櫓(たもんやぐら)のすぐ下(した)にあった井戸(いど)は、亀山城(かめやまじょう)を築(きず)く前(まえ)にあった与助(よすけ)というかじやさんの家(いえ)の井戸(いど)であったと伝(つた)えられ、与助井戸(よすけいど)と呼(よ)ばれていました。今(いま)は埋(う)められていますが、木(き)の枠(わく)で井戸(いど)のあった場所(ばしょ)が示(しめ)されています。

![[亀山城と宿場]亀山城(かめやまじょう)は、室町時代(むろまちじだい)から江戸時代(えどじだい)を通(つう)じて、亀山(かめやま)の政治(せいじ)や経済(けいざい)の中心(ちゅうしん)でした。このため、城(しろ)はまちの中心(ちゅうしん)にあってよく目立(めだ)つようにつくられています。どんな特長(とくちょう)があるのかを調(しら)べてみましょう。](../img/text_01.gif)














