板倉重常(いたくらしげつね)・重冬(しげふゆ)・重治(しげはる)
寛文(かんぶん)9年(ねん)(1669年(ねん))、石川昌勝(いしかわまさかつ)のあとに、下総国関宿(しもうさのくにせきじゅく)から5万石(まんごく)の大名(だいみょう)として板倉重常(いたくらしげつね)がやってきました。その後(ご)、重冬(しげふゆ)・重治(しげはる)と三代(さんだい)にわたり亀山城主(かめやまじょうしゅ)を勤(つと)め、宝永(ほうえい)7年(ねん)(1710年(ねん))に志摩国鳥羽(しまのくにとば)へ移(うつ)りました。

![[亀山城と宿場]亀山城(かめやまじょう)は、室町時代(むろまちじだい)から江戸時代(えどじだい)を通(つう)じて、亀山(かめやま)の政治(せいじ)や経済(けいざい)の中心(ちゅうしん)でした。このため、城(しろ)はまちの中心(ちゅうしん)にあってよく目立(めだ)つようにつくられています。どんな特長(とくちょう)があるのかを調(しら)べてみましょう。](../img/text_01.gif)














