亀山古城(かめやまこじょう)
関実忠(せきさねただ)が築(きず)いた城(しろ)はその後(ご)関氏(せきし)代々(だいだい)の城(しろ)となりました。江戸時代(えどじだい)の亀山城(かめやまじょう)と区別(くべつ)するために亀山古城(かめやまこじょう)と呼(よ)ばれています。
亀山古城(かめやまこじょう)の場所(ばしょ)
亀山古城(かめやまこじょう)は、現在(げんざい)の若山町(わかやまちょう)から野村(のむら)1丁目(ちょうめ)にかけての小山(こやま)の上(うえ)にあったとみられています。現在(げんざい)城(しろ)のあとは残(のこ)っていませんが、若山町(わかやまちょう)に亀山古城跡(かめやまこじょうあと)の石碑(せきひ)が建(た)てられています。
亀山古城(かめやまこじょう)の別名(べつめい)
亀山古城(かめやまこじょう)の別名(べつめい)は、「丹稜城(たんりょうじょう)」といいます。城(しろ)のある若山(わかやま)が「赤山(あかやま)」となまって、赤(あか)い山(やま)をさす「丹稜(たんりょう)」の名(な)がついたといわれます。

![[亀山城と宿場]亀山城(かめやまじょう)は、室町時代(むろまちじだい)から江戸時代(えどじだい)を通(つう)じて、亀山(かめやま)の政治(せいじ)や経済(けいざい)の中心(ちゅうしん)でした。このため、城(しろ)はまちの中心(ちゅうしん)にあってよく目立(めだ)つようにつくられています。どんな特長(とくちょう)があるのかを調(しら)べてみましょう。](../img/text_01.gif)














