亀山(かめやま)の古代中世寺院(こだいちゅうせいじいん)
平安時代(へいあんじだい)になると、慈恩寺(じおんじ)阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)や不動院(ふどういん)不動明王坐像(ふどうみょうおうざぞう)のようは三重県(みえけん)を代表(だいひょう)する仏像(ぶつぞう)が造(つく)られるとともに、平安(へいあん)・鎌倉時代(かまくらじだい)の瓦(かわら)や仏像(ぶつぞう)の分布(ぶんぷ)からは集落(しゅうらく)ごとに寺院(じいん)が建(た)てられていたことがうかがえます。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)
平安時代(へいあんじだい)になると、慈恩寺(じおんじ)阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)や不動院(ふどういん)不動明王坐像(ふどうみょうおうざぞう)のようは三重県(みえけん)を代表(だいひょう)する仏像(ぶつぞう)が造(つく)られるとともに、平安(へいあん)・鎌倉時代(かまくらじだい)の瓦(かわら)や仏像(ぶつぞう)の分布(ぶんぷ)からは集落(しゅうらく)ごとに寺院(じいん)が建(た)てられていたことがうかがえます。