2.お酒を入れるための入れ物
お酒を入れる容器は、ぼくたち通い徳利以外にもいろいろあったみたいだね。なかには、ぼくたち通い徳利のように貸し出されたものもあったんだって。どんなものがあったんだろう。

①通い徳利の他にもいろんな貸出用の入れ物があったよ
通い徳利は、陶器でできているね。通い徳利が流通する前は、柄の付いた木製の酒樽(柄樽)が使われていたんだ。この柄樽も客に貸し出されていたよ。他には、祝儀用に貸し出された「指樽」や「角樽」と呼ばれる木製の樽もあったよ。指樽は、もともと室町時代から使われていたものだけど、みんなもよく知ってる箍締めの「結樽」が現れると、実用としては使われなくなって、婚礼などの祝い酒用の入れ物として使われるようになったんだ。角樽は、柄樽の柄の部分を2本の角のように大きく反らせて、赤や黒などの漆で塗ったもので、これも婚礼などの祝い事で使われたよ。どちらも、最後は、酒とは別々に貸し出されるようになったんだけどね。
そして、他には、ぼくたち通い徳利と同じ用途で使われた、白い陶器の酒樽(樽形徳利)もあったんだ。持ち運ぶための取っ手がついていて、裏側には、店の名前の他に電話番号が書かれているものもあるね。この酒樽は、きっとたくさんお酒を購入する人が借りたんだね。なお、収蔵品には酒造場が貸し出した酒樽しかないけれど、醤油醸造場や小売り店でも貸し出していたんだ。

この貸し出し用の柄樽は、野村の岡本酒造場で使われていたものなんだ。お酒を一杯に入れて1升くらいかな。胴には「岡本」、柄には「野村」「卯一九貮」と書かれているんだ。通い徳利と同じように番号で管理されていたことがわかるね。
[2-2]
指樽は2樽で1セットだよ。この指樽は、関町中町にあった中林醸造場で貸し出されていたんだ。漆塗りの側面のそれぞれに「鶴」と「亀」の文字が書かれているよ。祝儀に用いられていたんだね。
指樽は2樽で1セットだよ。この指樽は、関町中町にあった中林醸造場で貸し出されていたんだ。漆塗りの側面のそれぞれに「鶴」と「亀」の文字が書かれているよ。祝儀に用いられていたんだね。
[2-2]
2-2:指樽
年代:近代~昭和時代
中林大典家所蔵資料
中林大典家所蔵資料

この角樽は野村の岡本酒造場のものだよ。朱塗りで、大きく反った角の両側に「岡本」と書かれているね。角樽は、お酒を入れた小型の樽を中に入れて使うんだ。つまり、この角樽自体は化粧箱みたいなものなんだ。
この小さな樽を角樽の中に入れて使用したよ。

年代:近代~昭和時代/岡本家寄託資料

[2-4]
この酒樽は、西町にあった西谷酒造場(近江屋)の貸し出し用の陶器の酒樽だよ。西谷酒造場の銘柄の一つである清酒「文武」用の樽で、樽上から酒を入れて、下から出す仕組みになっているんだ。そして、裏面には、店名「西谷酒造店」と電話番号「電二〇番」が書かれているよ。
この酒樽は、西町にあった西谷酒造場(近江屋)の貸し出し用の陶器の酒樽だよ。西谷酒造場の銘柄の一つである清酒「文武」用の樽で、樽上から酒を入れて、下から出す仕組みになっているんだ。そして、裏面には、店名「西谷酒造店」と電話番号「電二〇番」が書かれているよ。
2-4:西谷酒造店文武陶製酒樽(樽形徳利)2種
年代:近代~昭和時代
館蔵西谷家資料
館蔵西谷家資料
[2-5]
この酒樽は、野村にあった岡本酒造場の貸し出し用の陶器の酒樽だよ。西谷酒造店の酒樽と同じで、表側には、中身の酒の銘柄「鈴鹿正宗」を描いているね。裏側は住所と醸造場名が書かれているよ。
この酒樽は、野村にあった岡本酒造場の貸し出し用の陶器の酒樽だよ。西谷酒造店の酒樽と同じで、表側には、中身の酒の銘柄「鈴鹿正宗」を描いているね。裏側は住所と醸造場名が書かれているよ。
2-5:岡本酒造場鈴鹿正宗陶製酒樽(樽形徳利)2種
年代:近代~昭和時代
(左)館蔵岡本家資料/(右)岡本家寄託資料
(左)館蔵岡本家資料/(右)岡本家寄託資料

この酒樽は、関町新所にあった尾﨑酒造場の貸し出し用の陶器の酒樽だよ。尾﨑酒造場では、「すず鹿」という銘柄の酒を造っていたんだ。これにも、裏側は住所・醸造場名・電話番号が書かれているよ。

②お店に置かれた大きな酒樽はぼくらの相棒だった
醸造場や小売店で酒や醤油を量り売りで販売するために、お店には、大きな樽がいくつも置かれていたんだ。もともとは、木製の箍締めした結樽が置かれていたけれど、時代とともに陶製のものに変わっていったんだ。形は貸し出し用の陶製酒樽とほぼ同じだけど、貸し出し用ではなく、店内に据え置かれた樽だから、取っ手もないし、裏側に店名なども書かれていないんだ。そして、この酒樽から枡に出して量られた酒は、漏斗を使ってぼくたち通い徳利に移されたんだ。だから、この大きな樽は、ぼくたち通い徳利のパートナーみたいなものだったんだよ。あぁ、なつかしいなぁ。

この酒樽は、蓋も入れて高さ61.0㎝、径53.5㎝もある大きな陶器製の酒樽だよ。表側には関町中町にあった中林酒造場で造っていた鈴鏡という酒の銘柄が描かれているよ。中林酒造場の店内に設置して使われていたものの一つと考えられるんだ。

この陶器の筒のような道具は、関町新所の尾﨑酒店に保管されていたものなんだ。「枡置き」とか「漏斗台」とか「酒受け」とよばれて、酒や醤油を樽や通い徳利に移す時に使う漏斗や枡を置いておくための台なんだよ。漏斗や枡から垂れた酒は、この台の中に溜まる仕組みになっていて、量り売りの現場での必需品だったんだ。そして、この台も昔は木製だった。
ここでは、岡本酒造場で使われていた漏斗と、西谷酒造場で使われていた枡を使ってこの台の使い方を再現したよ。こんなふうに使われていたんだね。








鹿陶製酒樽(樽形徳利)


