3.描かれた四季
博物館にある季節がイメージできる収蔵品といえば、真っ先に絵画など美術品を挙げる人も少なくないのではないだろうか。
そこで、このコーナーでは、掛け軸や陶器、浮世絵など絵が描かれている収蔵品の中から、梅や菊など季語にもなっている季節の花や、季節の風景を描いた収蔵品を紹介する。
そこで、このコーナーでは、掛け軸や陶器、浮世絵など絵が描かれている収蔵品の中から、梅や菊など季語にもなっている季節の花や、季節の風景を描いた収蔵品を紹介する。
(1)四季
山水図など、季節の風景を絵で表したものの中には、時に春夏秋冬をそれぞれに描き1つの作品としているものがある。ここでは、このような四季を描いたものを紹介する。
3-1:
竹下散人筆紙本墨画淡彩四季山水人物図襖
竹下散人筆紙本墨画淡彩四季山水人物図襖
年代:江戸時代後期~
明治時代頃
館蔵加藤(明)家資料
明治時代頃
館蔵加藤(明)家資料
竹下散人が四季を描いた墨画である。左から、「春江枚棹」「夏山欲雨」「煙靄秋渉」「寒樹高皐」と画題を付す。
竹下散人の絵は、貼交屏風や掛幅など、市内の旧家からしばしばみつかるが、その人物については不詳の部分が多い。
(2)春
収蔵品の中で掛幅や器など絵が描かれたものをみていくと、俳句の季語になっている植物と同じ季節の花が描かれているものが多い。たとえば、春では、やはり梅や桜を描いているものが多い。
そこで、ここでは収蔵品の中から梅や桜の花が描かれたものを中心に、春にちなんだ絵や風景が描かれたものを紹介する。
[3-2]

3-2:梅図銘々皿
年代:不詳
館蔵山脇家資料
館蔵山脇家資料
春の代表的な花である梅を描いた、漆器の銘々皿である。5枚揃いの内の1つ。
豆ちしき⑤
関萬古
明治30年代、関町には「七星社」と「原商店」の2つの萬古焼の製陶工場ができ、日用飲食器や花瓶、置物、茶器などを主流に京阪神への販路を拡大していった。このうち七星社は、三谷耕一が島徳三郎、太田平次郎、吉澤信輔、細川義一、樋口庄平ら町内の有志とともに、明治39年(1906)2月に開業したといわれている。原商店は、原清太郎が開業し、駅鈴形茶器に人気があったという。原商店についてはほとんど詳細がわかっていないが、明治41年(1908)4月に刊行された『三重県案内』によれば、関萬古の開業は明治35年(1902)とあることから、七星社より先に開業していた可能性がある。
関でつくられた萬古焼は「関萬古」や「鈴鹿萬古」として販売されたが、職人不足や陶土不足から、七星社も原商店もともに、昭和13年(1935)までに廃業している。
関でつくられた萬古焼は「関萬古」や「鈴鹿萬古」として販売されたが、職人不足や陶土不足から、七星社も原商店もともに、昭和13年(1935)までに廃業している。
[3-4]

3-4:梅花鳥図硯蓋
年代:江戸時代(伝)
館蔵柏原家資料
館蔵柏原家資料
中央に紅梅と紅梅に集まる3羽の鳥を描いた蒔絵の硯蓋。硯蓋とは、祝い事の席で口取り肴などを盛る器である。古くは、花や果物をのせるのに使われ、硯箱の蓋を用いたことから硯蓋と名付けられた。構図は、遠くに松山、梅の木の根元には竹を描き、松竹梅のめでたい図になっている。
[3-5]

3-5:浮世絵「花遊戯乃図」
年代:安政元年(1854)
個人寄託資料
個人寄託資料
歌川豊国(三代)の描いた浮世絵「花遊戯乃図」である。玄宗皇帝と楊貴妃の故事にもある、女性が2組に分かれて桜の枝で打ち合う花軍という遊びをしているようすが描かれている。なお、俳句では、「花軍」は春の季語である。
[3-6]

3-6:
浮世絵「東海道関」(東海道名所風景)
浮世絵「東海道関」(東海道名所風景)
年代:文久3年(1863)
館蔵資料
館蔵資料
文久3年(1863)の将軍徳川家茂の上洛を描いた東海道五十三次の風景画である。このシリーズは、御上洛東海道とも行列東海道とも呼ばれ16人の絵師によって描かれ、関は歌川国貞が描いた。この絵は、女性の馬子が桜の下で、東の追分を通過する行列を遠目に見ているようすを描いているが、なぜか行列は西から東へ進んでいる。
[3-7]

3-7:
浮世絵「亀山」(春興五十三駄之内)
浮世絵「亀山」(春興五十三駄之内)
年代:文化元年(1804)
館蔵資料
館蔵資料
葛飾北斎が亀山を描いた風景画である。「春興五十三駄之内」というシリーズで、絵の中の提灯にも「春」と季節が書かれている。
[3-8]

3-8:
今井景樹筆絹本著色桜図掛幅
年代:大正~昭和時代
館蔵資料
館蔵資料
今井景樹は、明治24年(1891)関町木崎に生まれた日本画家で、円山派の今尾景年に学んでいる。絵は、春の朧月夜の桜を描いたものである。
(3)夏
当館の収蔵品にある絵画類で、夏にまつわるものは比較的少ない。そこで、ここでは浮世絵から、夏にまつわる亀山の風景画を紹介する。
[3-9]

3-9:
浮世絵「亀山風雨雷鳴」(竪絵東海道)
浮世絵「亀山風雨雷鳴」(竪絵東海道)
年代:安政2年(1855)
館蔵資料
館蔵資料
風景画を得意とした歌川広重の、竪絵東海道と呼ばれるシリーズの中の亀山を描いた浮世絵である。「亀山風雨雷鳴」という題からもわかるように、夏の夕立を描いている。
(4)秋
秋にちなんだ絵が描かれた収蔵品の中で、最も多いのは菊図である。菊は、夏菊・夏秋菊・秋菊・寒菊など、品種によって開花時期がさまざまであるが、俳句では秋の季語になっているほど、通常「菊」といえば秋をさす。ここでは、秋にちなんだ収蔵品として、菊の絵が描かれたものを中心に紹介する。
[3-10]

3-10:
月僊筆紙本金地墨画菊図屏風
月僊筆紙本金地墨画菊図屏風
年代:江戸時代中期
館蔵豊田(進)家資料
館蔵豊田(進)家資料
月僊が描いた菊図の屏風である。月僊は、名古屋生まれの画僧である。江戸の増上寺の学寮で学び、この頃に絵も学んだようである。月僊が34歳の時、京都の知恩院の檀誉貞現大僧正の勧めで伊勢の寂照寺(浄土宗)の住職になったが、寂照寺は荒れ果てていたため、伽藍などの建物の修復や新造、または慈善事業の資金に充てるのために、次々に絵を描いては売ったという。もしかしたら、この屏風もそのような中で描かれたものかもしれない。
[3-11]

3-11:菊図盆
年代:不詳
田中(稲)家寄託資料
田中(稲)家寄託資料
秋の花である菊が描かれた盆である。
[3-12]

3-12:
関萬古 稲のはさ掛雀図花瓶
関萬古 稲のはさ掛雀図花瓶
年代:明治時代
館蔵吉澤家資料
館蔵吉澤家資料
関萬古の花瓶で、秋の収穫時期の、はさ掛けされた稲とはさの竹にとまる雀を描いている。
(5)冬
春の季節の花である梅は、気候の関係で早咲きして冬に咲けば、早梅とよばれ冬の花となる。同じように秋の季節の花である菊も、寒菊という品種は晩冬に咲く花であり、冬の花となる。当館には、このような冬の梅や菊を描いたものも収蔵している。そこでここでは、冬の梅や菊が描かれた収蔵品や、浮世絵の中の風景画から冬の風景を紹介する。
[3-13]

3-13:
石川梧堂筆紙本梅月図掛幅
石川梧堂筆紙本梅月図掛幅
年代:江戸時代
館蔵豊田(進)家資料
館蔵豊田(進)家資料
亀山城主石川家の分家筋にあたる旗本で、総氏系石川家の石川梧堂が描いたものである。月と早梅の枝が離れず重なり合うようすを描いている。早梅は、冬の季語にもなっている。
3-14:関萬古 初釜菓子鉢
年代:明治時代
館蔵吉澤家資料管
館蔵吉澤家資料管
関萬古の菓子鉢である。寒菊特有の黄色や白色の小花の菊を描いている。また左端に梅が描かれている。おそらく早梅であろう。したがって、この菓子鉢の季節は冬である。
[3-15]

3-15:
浮世絵「東海道五拾三次之内 亀山雪晴」(保永堂版東海道)
浮世絵「東海道五拾三次之内 亀山雪晴」(保永堂版東海道)
年代:天保4年(1833)~
天保5年(1834)頃
館蔵資料
天保5年(1834)頃
館蔵資料
歌川広重の出世作といわれる保永堂版東海道シリーズの風景画である。「亀山雪晴」と題したこの絵は、雪の積もった冬の京口坂を描いている。
[3-16]

3-16:
浮世絵「東海道五拾三駅 四十七駅 かめやま雪中」
浮世絵「東海道五拾三駅 四十七駅 かめやま雪中」
年代:慶応元年(1865)頃
館蔵資料
館蔵資料
2代目歌川広重である立祥が描いた風景画である。この絵も、雪の積もった冬の京口坂を描いている。
[3-17]

3-17:
浮世絵「東海道五十三次四十七 関」(東海道五十三次 絵本駅路鈴)
浮世絵「東海道五十三次四十七 関」(東海道五十三次 絵本駅路鈴)
年代:文化年間中期(1810)頃
館蔵資料葛飾北斎の風景画、「東海道五十三次 絵本駅路鈴」シリーズの関である。冬の雪の日の地蔵院前を描いており、描かれている旅人の蓑や傘にも雪が積もっている。




