6.市内の企業にまつわる1番
| 亀山市内にも、さまざまなものをつくっている工場や、ものを販売している会社がいっぱいあって、たくさんの人が働いているよ。このように、いろんなものをつくったり、売ったりする会社やグループ(団体)を企業というんだ。 このコーナーで紹介するのは、そんな亀山市内の企業からみつかった1番だよ。 |
(1)駅の1番 -関西鉄道- |
(2)製糸のまち1番 -田中製絲場- |
むかし、蚕という虫を育てて、その繭をほどいて糸にする「製糸」という産業が日本のあちこちでみられた時代があったの。この蚕がつくりだした天然の糸を「生糸」というんだって。生糸は絹(シルク)になる前の段階の糸なの。この時代、亀山も、たくさんの製糸工場や製糸会社がつくられて、農家の人もたくさん蚕を育てて、繭を製糸工場や会社へ持っていっていたの。このようにたくさんの人が製糸業に関わっていたことから、亀山市域車は、「製糸のまち」ともよばれていたんだって。そこで、この「製糸のまち」について、1番をさがしてみたの。そしたら、亀山で1番最初に製糸業を始めたのは田中音吉っていう人で、「田中製絲場」という工場を西町につくったことがわかったの。そして、この工場は、のちに、現在の亀山製絲株式会社になったんだって。
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田中製絲場で、商品を出荷する時に商品につけた2種類のラベルです。「RAW SILK」とは、英語で「生糸」のこと。ラベルのふちには、蚕の繭と成虫の姿であるチョウ(蛾)がデザインされています。
この銅像は、田中製絲場をつくった田中音吉の銅像です。田中音吉はこんな顔をしていたようです。この銅像は工場のあった西町に建てられましたが、戦争で日本中から金属が集められた時になくなりました。 6-7:田中音吉翁銅像(たなかおときちおうどうぞう) 個人寄託
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むかしから日本の東と西の境目といわれた亀山。そんな亀山に鉄道ができたのは、128年前の1890年(明治23)12月25日のことなんだ。関西鉄道株式会社が、滋賀県の草津と三重県の四日市の間に鉄道を敷いたんだよ。これ以降、亀山は「鉄道のまち」とよばれるようになったんだって。






むかし、蚕という虫を育てて、その繭をほどいて糸にする「製糸」という産業が日本のあちこちでみられた時代があったの。この蚕がつくりだした天然の糸を「生糸」というんだって。生糸は絹(シルク)になる前の段階の糸なの。この時代、亀山も、たくさんの製糸工場や製糸会社がつくられて、農家の人もたくさん蚕を育てて、繭を製糸工場や会社へ持っていっていたの。このようにたくさんの人が製糸業に関わっていたことから、亀山市域車は、「製糸のまち」ともよばれていたんだって。


結婚式後の披露宴の演出のひとつに、結婚式をあげた新郎・新婦(主役)が、出席者のテーブルに置かれたロウソクに火を灯してまわる、キャンドルサービスがあるよ。キャンドルとはロウソクのことだよ。


