亀山こども歴史館トップページ 日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)捕亡吏(ほぼうり)・屯所(とんじょ)

[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。

捕亡吏(ほぼうり)・屯所(とんじょ)

鈴鹿郡(すずかぐん)では、1872年(ねん)(明治(めいじ)5年(ねん))に捕亡吏(ほぼうり)とよばれる警察官(けいさつかん)が置(お)かれ、東町(ひがしまち)に屯所(とんじょ)とよばれる駐在所(ちゅうざいしょ)ができました。この屯所(とんじょ)は同年中(どうねんちゅう)に取締所(とりしまりしょ)に名前(なまえ)があらためられます。

 

捕亡吏設置(ほぼうりせっち)と捕亡吏略則(ほぼうりりゃくそく)(関町史編さん資料「明治五年壬申五月中旬ヨリ御用状留帳」)
ページの先頭(せんとう)に戻(もど)る
  • 亀山市歴史博物館(かめやましれきしはくぶつかん)
  • 亀山市史(かめやましし)
  • 亀山市(かめやまし)ホームページ
  • 日本博物館協会(にほんはくぶつかんきょうかい)
  • 三重県博物館協会(みえけんはくぶつかんきょうかい)