ヤマトタケルの旅(たび)
ヤマトタケルは、父(ちち)景行天皇(けいこうてんのう)の命(めい)により九州(きゅうしゅう)から東北地方(とうほくちほう)まで戦(たたか)いの旅(たび)をおこなったとされます。向(む)かった先(さき)は日本書紀(にほんしょき)と古事記(こじき)でちがいがありますが、伊吹山(いぶきやま)で病気(びょうき)になったりノボノでなくなったりするところは同(おな)じです。また、ヤマトタケルはなくなる前(まえ)に故郷(こきょう)のヤマトをしのんで「やまとは国(くに)のまほろばたたなづく青垣山(あおがきやま)こもれるやまとしうるわし」と歌(うた)を詠(よ)んだとされています。

![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)














