このほかの荘園(しょうえん)
くわしくはわかっていないのですが、伊勢神宮(いせんじぐう)の荘園(しょうえん)として、安乃田(あのだ)(阿野田(あのだ))、山下(やました)、野尻(のじり)、井後(いじり)(井尻(いじり))が記録(きろく)に見(み)られます。また、木崎荘(こざきのしょう)の半分(はんぶん)が延暦寺(えんりゃくじ)がかかわっていました。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../img/text_01.gif)
くわしくはわかっていないのですが、伊勢神宮(いせんじぐう)の荘園(しょうえん)として、安乃田(あのだ)(阿野田(あのだ))、山下(やました)、野尻(のじり)、井後(いじり)(井尻(いじり))が記録(きろく)に見(み)られます。また、木崎荘(こざきのしょう)の半分(はんぶん)が延暦寺(えんりゃくじ)がかかわっていました。