原荘(はらのしょう)
現在(げんざい)の川崎町(かわさきちょう)から鈴鹿市(すずかし)東庄内町付近(ひがししょうないちょうふきん)にあたるとみられます。1213年(ねん)(建暦(けんりゃく)3年(ねん))歌人(かじん)としても有名(ゆうめい)な慈円(じえん)から朝仁親王(あさひとしんのう)に譲(ゆず)られています。1335年(ねん)(建武(けんむ)2年(ねん))以後(いご)は神宮(じんぐう)の荘園(しょうえん)となっています。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../img/text_01.gif)
現在(げんざい)の川崎町(かわさきちょう)から鈴鹿市(すずかし)東庄内町付近(ひがししょうないちょうふきん)にあたるとみられます。1213年(ねん)(建暦(けんりゃく)3年(ねん))歌人(かじん)としても有名(ゆうめい)な慈円(じえん)から朝仁親王(あさひとしんのう)に譲(ゆず)られています。1335年(ねん)(建武(けんむ)2年(ねん))以後(いご)は神宮(じんぐう)の荘園(しょうえん)となっています。