伊勢国分寺(いせこくぶんじ)
伊勢国分寺(いせこくぶんじ)のあとは、鈴鹿市国分町(すずかしこくぶちょう)にあります。現在(げんざい)、寺(てら)の跡(あと)のとなりには鈴鹿市考古博物館(すずかしこうこはくぶつかん)があり、伊勢国分寺(いせこくぶんじ)についてくわしく学(まな)ぶことができます。また、国分尼寺(こくぶんにじ)のあとは、現在(げんざい)の国分寺(こくぶんじ)という寺(てら)がある場所(ばしょ)と考(かんが)えられています。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)
伊勢国分寺(いせこくぶんじ)のあとは、鈴鹿市国分町(すずかしこくぶちょう)にあります。現在(げんざい)、寺(てら)の跡(あと)のとなりには鈴鹿市考古博物館(すずかしこうこはくぶつかん)があり、伊勢国分寺(いせこくぶんじ)についてくわしく学(まな)ぶことができます。また、国分尼寺(こくぶんにじ)のあとは、現在(げんざい)の国分寺(こくぶんじ)という寺(てら)がある場所(ばしょ)と考(かんが)えられています。