勢武谷遺跡(せぶたにいせき)
木下町(このしたちょう)にある弥生時代(やよいじだい)の終(お)わりから古墳時代(こふんじだい)はじめにかけての小(ちい)さなムラの跡(あと)です。山(やま)の上(うえ)にあり、まわりをさくでかこうなど、敵(てき)からムラを守(まも)るためのくふうが見(み)られます。
また、周(まわ)りからもよく見(み)える場所(ばしょ)にありますので、この地域(ちいき)の中心(ちゅうしん)となる集落(しゅうらく)のマツリを行(おこな)っていたのかもしれません。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)
木下町(このしたちょう)にある弥生時代(やよいじだい)の終(お)わりから古墳時代(こふんじだい)はじめにかけての小(ちい)さなムラの跡(あと)です。山(やま)の上(うえ)にあり、まわりをさくでかこうなど、敵(てき)からムラを守(まも)るためのくふうが見(み)られます。
また、周(まわ)りからもよく見(み)える場所(ばしょ)にありますので、この地域(ちいき)の中心(ちゅうしん)となる集落(しゅうらく)のマツリを行(おこな)っていたのかもしれません。