地蔵僧遺跡(じぞうそういせき)
川崎町(かわさきちょう)にある遺跡(いせき)で、弥生時代(やよいじだい)中頃(なかごろ)から後半(こうはん)の土器(どき)ほか、弥生時代(やよいじだい)後半(こうはん)の溝(みぞ)で区画(くかく)した墓(はか)(方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ))がみつかっています。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)
川崎町(かわさきちょう)にある遺跡(いせき)で、弥生時代(やよいじだい)中頃(なかごろ)から後半(こうはん)の土器(どき)ほか、弥生時代(やよいじだい)後半(こうはん)の溝(みぞ)で区画(くかく)した墓(はか)(方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ))がみつかっています。