縄文時代(じょうもんじだい)のくらし
亀山市内(かめやましない)では、約(やく)9,000年(ねん)から2,500年前(ねんまえ)までの縄文土器(じょうもんどき)が見(み)つかっています。これらの土器(どき)は、西日本(にしにほん)と東日本(ひがしにほん)の両方(りょうほう)の地域(ちいき)の特徴(とくちょう)があり、縄文時代(じょうもんじだい)には広(ひろ)い範囲(はんい)で交流(こうりゅう)があったことがうかがえます。集落跡(しゅうらくあと)は見(み)つかっていませんが、大鼻遺跡(おおはないせき)(太岡寺町(たいこうじちょう))や大垣内遺跡(おおがいといせき)(山下町(やましたちょう))では住居跡(じゅうきょあと)が確認(かくにん)されています。
縄文時代(じょうもんじだい)を調(しら)べる
土器(どき)や石器(せっき)などがみつかる遺跡(いせき)を調(しら)べることで、縄文時代(じょうもんじだい)のようすを知(し)ることができます。亀山市(かめやまし)の縄文時代(じょうもんじだい)の遺跡(いせき)を調(しら)べてみましょう。

![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../img/text_01.gif)














