銅鏡(どうきょう)
亀山市内(かめやましない)の古墳(こふん)からは、井田川茶臼山古墳(いだがわちゃうすやまこふん)2面(めん)、木下古墳(このしたこふん)1面(めん)、上椎ノ木(かみしいのき)1号墳(ごうふん)1面(めん)の4枚(まい)の銅鏡(どうきょう)がみつかっています。特(とく)に井田川茶臼山古墳(いだがわちゃうすやまこふん)からみつかった2枚(まい)は、1700年(ねん)ほど前(まえ)に中国(ちゅうごく)でつくられた鏡(かがみ)から型(かた)をとり、日本(にほん)で作(つく)り直(なお)したもので、伊勢湾地域(いせわんちいき)を中心(ちゅうしん)に全国(ぜんこく)で33面(めん)みつかっています。

![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)














