ひれつき埴輪(はにわ)
能褒野王塚古墳(のぼのおうづかこふん)からみつかった埴輪(はにわ)には、魚(さかな)のひれのように横(よこ)にねんどの板(いた)をはりつけたあとがあります。このひれは、埴輪(はにわ)と埴輪(はにわ)のすきまをなくすためのものです。ひれつきはにわは、大和朝廷(やまとちょうてい)の大王(だいおう)が各地(かくち)の王(おう)にその技術(ぎじゅつ)を伝(つた)えたことにより各地(かくち)に広(ひろ)がりました。ただし、三重県(みえけん)も含(ふく)め東日本(ひがしにほん)ではほとんどみられないものです。

![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../../img/text_01.gif)














