商家(しょうか)の江戸屋敷(えどやしき)
関中町(せきなかまち)に橋爪家(はしづめけ)という商家(しょうか)がありました。亀山城主(かめやまじょうしゅ)の板倉家(いたくらけ)へお金(かね)を貸(か)し、専修寺(せんじゅじ)へ山門(さんもん)を寄進(きしん)するほど裕福(ゆうふく)でした。この橋爪家(はしづめけ)は、江戸(えど)本町三丁目(ほんまちさんちょうめ)に抱(かか)え屋敷(やしき)(別宅(べったく))を持(も)っていました。残念(ざんねん)ながら江戸(えど)に店(みせ)を構(かま)えていたという記録(きろく)は残(のこ)っていませんが、江戸(えど)でも商売(しょうばい)をしていたのかもしれません。

![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../img/text_01.gif)














