青年会(せいねんかい)や愛国婦人会(あいこくふじんかい)の慰問(いもん)
明治(めいじ)20年代(ねんだい)、若者達(わかものたち)を中心(ちゅうしん)にした青年会(せいねんかい)と呼(よ)ばれる組織(そしき)ができます。この地域(ちいき)でも、1892年(ねん)(明治(めいじ)25年(ねん))に現在(げんざい)の田茂町(たもちょう)で、神社(じんじゃ)の世話(せわ)をすることを目的(もくてき)とした青年会(せいねんかい)ができたことがわかっています。そして最初(さいしょ)はこのような目的(もくてき)でつくられた青年会(せいねんかい)も、日清(にっしん)・日露戦争(にちろせんそう)が起(お)こった後(あと)は、戦争(せんそう)に行(い)く兵士(へいし)を慰(なぐさ)める活動(かつどう)を目的(もくてき)につくられるようになりました。

愛国婦人会協約状(あいこくふじんかいきょうやくじょう)

![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../img/text_01.gif)














