内国通運会社(ないこくつううんがいしゃ)
内国通運会社(ないこくつうんがいしゃ)は、1875年(ねん)(明治(めいじ)8年(ねん))1月(がつ)に陸運元会社(りくうんもとかいしゃ)が名称変更(めいしょうへんこう)した運送会社(うんそうがいしゃ)で、現在(げんざい)の日本通運(にほんつううん)の前身(ぜんしん)です。
内務省(ないむしょう)は、1875年(ねん)(明治(めいじ)8年(ねん))4月(がつ)30日(にち)に陸運会社(りくうんがいしゃ)を解散(かいさん)させ、内国通運会社(ないこくつううんがいしゃ)に全国(ぜんこく)の陸運業務(りくうんぎょうむ)を行(おこな)わせました。亀山(かめやま)では、東町(ひがしまち)に「内国通運会社(ないこくつううんがいしゃ)出張店(しゅっちょうてん)佐川元治支店(さがわもとはるしてん)」(後(のち)に亀山駅前(かめやまえきまえ)に移転(いてん)し「内国通運会社(ないこくつううんがいしゃ)亀山駅取次所(かめやまえきとりつぎじょ)」と名称変更(めいしょうへんこう))、坂下(さかした)に「内国陸運会社(ないこくりくうんがいしゃ)坂下分社(さかしたぶんしゃ)」、また、関(せき)や加太(かぶと)にも内国通運会社(ないこくつううんがいしゃ)があったことがわかっています。