捕亡吏(ほぼうり)・屯所(とんじょ)
鈴鹿郡(すずかぐん)では、1872年(ねん)(明治(めいじ)5年(ねん))に捕亡吏(ほぼうり)とよばれる警察官(けいさつかん)が置(お)かれ、東町(ひがしまち)に屯所(とんじょ)とよばれる駐在所(ちゅうざいしょ)ができました。この屯所(とんじょ)は同年中(どうねんちゅう)に取締所(とりしまりしょ)に名前(なまえ)があらためられます。
![[日本(にほん)の歴史(れきし)の中(なか)の亀山(かめやま)]東日本(ひがしにほん)と西日本(にしにほん)の境(さかい)にあたる亀山市域(かめやましいき)は、日本(にほん)の歴史(れきし)の重要(じゅうよう)な場面(ばめん)で、大(だい)なくかかわりを持(も)っています。その亀山市(かめやまし)の歴史(れきし)を時代(じだい)ごとに追(お)ってみることにしましょう。](../../../img/text_01.gif)
鈴鹿郡(すずかぐん)では、1872年(ねん)(明治(めいじ)5年(ねん))に捕亡吏(ほぼうり)とよばれる警察官(けいさつかん)が置(お)かれ、東町(ひがしまち)に屯所(とんじょ)とよばれる駐在所(ちゅうざいしょ)ができました。この屯所(とんじょ)は同年中(どうねんちゅう)に取締所(とりしまりしょ)に名前(なまえ)があらためられます。