亀山こども歴史館トップページ むかしの道具(どうぐ)と人々(ひとびと)のくらし(いえ)のつくり

[むかしの道具(どうぐ)と人々(ひとびと)のくらし]1945年(ねん)〜1965年(ねん)(昭和(しょうわ)20年(ねん)〜40年(ねん))ころの市内(しない)では、どんな道具(どうぐ)を使(つか)って、どんなくらしをしていたでしょうか。

(いえ)のつくり

農家(のうか)のつくり

 農家(のうか)は、かやぶきの屋根(やね)(かや・麦(むぎ)わらなどの植物(しょくぶつ)をざいりょうにした屋根(やね))ばかりでしたが、1955年(ねん)(昭和(しょうわ)30年(ねん))ころからだんだんとかわらぶきにかわっていきました。屋根(やね)うらのぶぶんは、ものをほかんする「つし」と呼(よ)ばれる場所(ばしょ)で、おもにたきぎ・しばなどのねんりょうをほかんしていました。
 もっとも大事(だいじ)な柱(はしら)である「だいこく柱(ばしら)」、とてもはばの広(ひろ)いかもいである「ちょうもん(ちょうもの)」など、大(おお)きな材木(ざいもく)を使(つか)うこともとくちょうの一つでした。

 

町家(まちや)のつくり

 町家(まちや)は、道(みち)に面(めん)した「みせ」とよばれる部屋(へや)に、板戸(いたど)を上下(じょうげ)させる「すりあげ戸(ど)」のある家(いえ)が多(おお)くありました。
 また、道(みち)に面(めん)しているために、中(なか)が見(み)えにくい格子戸(こうしど)にしている家(いえ)もよく見(み)られます。
 (せき)のまちには、今(いま)も多(おお)くの町家(まちや)がのこり、しっくいで作(つく)った「むしこ窓(まど)」、馬(うま)をつなぐための金具(かなぐ)、「みせ」の前(まえ)につけられた上(あ)げ下(さ)げできる棚(たな)の「ばったり」などを見(み)ることができます。

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