和(わ)がしや
市内(しない)の和(わ)がしやは、今(いま)もたくさんあり、ちいきの人(ひと)たちにしたしまれています。和(わ)がしやには、その店(みせ)をだいひょうするかしがあります。関(せき)の深川屋(ふかわや)の「関(せき)の戸(と)」、亀山駅前(かめやまえきまえ)の瑞宝軒(ずいほうけん)の「亀乃尾(かめのお)」、坂下(さかした)の前田屋(まえだや)の「志(し)ら玉(たま)」などがあり、いずれもおみやげなどとして広(ひろ)くしられています。
江戸時代(えどじだい)から伝(つた)えられる「関(せき)の戸(と)」のつくり方(かた)をみてみましょう。@もち米(ごめ)のこなにさとう・水(みず)あめを入(い)れてねり、「ぎゅうひ」をつくる、Aあずきのこしあんをつくる、Bぎゅうひにこしあんを入(い)れてつつむ、Cかたちをととのえて、「和(わ)さんぼん」というとくべつなさとうをかけて完成(かんせい)します。

関(せき)の戸(と)

亀乃尾(かめのお)

志(し)ら玉(たま)

![[むかしの道具(どうぐ)と人々(ひとびと)のくらし]1945年(ねん)〜1965年(ねん)(昭和(しょうわ)20年(ねん)〜40年(ねん))ころの市内(しない)では、どんな道具(どうぐ)を使(つか)って、どんなくらしをしていたでしょうか。](../../img/text_01.gif)














