牛(うし)や馬(うま)をつかってはこぶ
まだ自動車(じどうしゃ)が少(すく)ない頃(ころ)(1955年(ねん)ころ)には、牛(うし)をつかって、ものを運(はこ)んでいました。荷車(にぐるま)などの車(くるま)を牛(うし)にひかせ、その車(くるま)にものをのせてはこばせました。荷車(にぐるま)の車(しゃ)りんは木(き)で作(つく)られ、鉄(てつ)の輪(わ)をはめたものでしたが、だんだんとゴムタイヤにかわっていきました。
牛(うし)に荷車(にぐるま)をひかせてはこぶ時(とき)、少(すく)なくとも2人(り)の人(ひと)が必要(ひつよう)でした。1人(り)は牛(うし)の鼻先(はなさき)のひもをもつ「はなとり」、もう1人(り)は荷車(にぐるま)のバランスをとりながら、牛(うし)をあやつるなわをもつ「かじとり」でした。
ものをはこぶことを、しごととしていた人(ひと)は、よく馬(うま)をつかっていました。しかし、農家(のうか)では牛(うし)をつかって農業(のうぎょう)をしていたので、牛(うし)ではこぶ人(ひと)がほとんどでした。

牛(うし)で荷物(にもつ)をはこぶようす

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