鎌倉時代(かまくらじだい)の旅人(たびびと)
鎌倉時代(かまくらじだい)になると、旅(たび)のようすを書(か)き記(しる)す紀行文(きこうぶん)がつくられるようになります。1223年(ねん)(貞応(じょうおう)2年(ねん))に書(か)かれた「海道記(かいどうき)」は、この地域(ちいき)を旅(たび)した紀行文(きこうぶん)では一番(いちばん)古(ふる)いものです。
海道記(かいどうき)
京都(きょうと)から鎌倉(かまくら)、さらに京都(きょうと)に帰(かえ)るまでを記(しる)した紀行文(きこうぶん)で、源光行(みなもとのみつゆき)が作者(さくしゃ)ではないかとされます。「東関紀行(とうかんきこう)」、「十六夜日記(いざよいにっき)」とともに中世(ちゅうせい)三大紀行文(さんだいきこうぶん)のうちの一(ひと)つです。鈴鹿山(すずかやま)を越(こ)えて「鈴鹿(すずか)の関屋(せきや)」にとまっています。このあいだ鈴鹿山(すずかやま)、鈴鹿川(すずかがわ)を歌(うた)によんでいます。

![[古典(こてん)に出(で)てくる亀山(かめやま)]むかしから、たくさんの人々(ひとびと)が行(ゆ)き来(き)する亀山(かめやま)には、旅人(たびびと)が見(み)たり、聞(き)いたりしたことが歌(うた)や日記(にっき)などさまざまな文学作品(ぶんがくさくひん)の中(なか)にとりあげられてきました。](../img/text_01.gif)














