川浸(かわひた)り餅(もち)
後(のち)に亀山城主(かめやまじょうしゅ)となる、石川家(いしかわけ)の初代(しょだい)、石川忠総(いしかわただふさ)につたわる話(はなし)で、1614年(ねん)(慶長(けいちょう)19年(ねん))の真冬(まふゆ)に、徳川家康(とくがわいえやす)が大坂城(おおさかじょう)を攻(せ)めた時(とき)、石川忠総(いしかわただふさ)も戦(たたか)いにくわわりました。この戦(たたか)いで、石川忠総(いしかわただふさ)の家臣(かしん)たちは真冬(まふゆ)の川(かわ)につかりながら対岸(たいがん)の相手陣地(あいてじんち)を攻撃(こうげき)していました。そのようすを見(み)た、石川忠総(いしかわただふさ)はもちを買(か)い求(もと)めて家臣(かしん)たちにくばり、戦(たたか)いに大(おお)きな手(て)がらをたてました。それから、石川家(いしかわけ)では戦(たたか)いのあった毎年(まいとし)12月(がつ)1日(ついたち)に家臣(かしん)にもちをくばることがならわしとなりました。また、このもちは、川(かわ)につかって食(た)べたもちであることにちなんで、「川浸(かわひた)り餅(もち)」とよぶようになりました。

![[亀山のむかしばなし]亀山(かめやま)で言(い)い伝(つた)えられてきた話(はなし)を集(あつ)めてみました。むかしの人々(ひとびと)はどんな話(はなし)をわたしたちにのこしてくれたのでしょうか。](../img/text_01.gif)














