白鷹城(はくたかじょう)
足利義晴(あしかがよしはる)は将軍(しょうぐん)を義輝(よしてる)にゆずり、1549年(ねん)(天文(てんぶん)18年(ねん))には近江国(おうみのくに)(滋賀県(しがけん))にいました。鹿伏兎定長(かぶとさだなが)は足利義晴(あしかがよしはる)に白(しろ)い鷹(たか)をおくりました。このため、定長(さだなが)が城主(じょうしゅ)である鹿伏兎城(かぶとじょう)(加太市場(かぶといちば))の別名(べつめい)は白鷹城(はくたかじょう)とよばれるようになりました。
![[亀山のむかしばなし]亀山(かめやま)で言(い)い伝(つた)えられてきた話(はなし)を集(あつ)めてみました。むかしの人々(ひとびと)はどんな話(はなし)をわたしたちにのこしてくれたのでしょうか。](../img/text_01.gif)
足利義晴(あしかがよしはる)は将軍(しょうぐん)を義輝(よしてる)にゆずり、1549年(ねん)(天文(てんぶん)18年(ねん))には近江国(おうみのくに)(滋賀県(しがけん))にいました。鹿伏兎定長(かぶとさだなが)は足利義晴(あしかがよしはる)に白(しろ)い鷹(たか)をおくりました。このため、定長(さだなが)が城主(じょうしゅ)である鹿伏兎城(かぶとじょう)(加太市場(かぶといちば))の別名(べつめい)は白鷹城(はくたかじょう)とよばれるようになりました。