子安地蔵(こやすじぞう)
伝通寺(でんつうじ)(下庄町(しものしょうちょう))の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)は江戸時代(えどじだい)につくられた高(たか)さ77pの仏像(ぶつぞう)で、いくつかの言(い)い伝(つた)えがあります。かつて神向谷(かみごや)(下庄町(しものしょうちょう))に大(おお)きな松(まつ)がありました。ところが松(まつ)の近(ちか)くに馬(うま)が近(ちか)づくといつもそこで立(た)ち止(ど)まってしまいます。そこで松(まつ)の木(き)の下(した)を掘(ほ)ってみると地蔵菩薩(じぞうぼさつ)がうまっていました。お地蔵(じぞう)さんは馬(うま)にふまれるのがいやで馬(うま)を止(と)めていたのです。このお地蔵(じぞう)さんをまつったのが伝通寺(でんつうじ)の始(はじ)まりと伝(つた)えられています。また、天龍寺(てんりゅうじ)(京都市(きょうとし))を開(ひら)いた夢想国師(むそうこくし)という坊(ぼう)さんは、おかあさんがこのお地蔵(じぞう)さんにおまいりをして授(さず)かったといわれ、今(いま)でも子安地蔵(こやすじぞう)として親(した)しまれています。
下庄町(しものしょうちょう)の子安地蔵(こやすじぞう)